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状況に全面降伏しないで、自分の希望、ここだけは誰にも触らせないぞというものを持っているとしたら、それを手放さなければならないのなら、誰の手にも届かないところに放してしまおうという。そういうことですよ。放した瞬間に、心の交流がちらっとあったかもしれないけれども。それでいい、それだけでいいんです。……きっとまた彼らは警官の仕事に戻るんです。戻れるかどうか知らないけれど(笑)。

――戻る世界は、また「流行の風邪」の世界。

宮崎:
結局、いつもそこから始まるしかない。メチャクチャな時代にも、いいことや、ドキドキすることはちゃんとある。ナウシカの「我々は血を吐きながら、繰り返し繰り返し、その朝を越えて飛ぶ鳥だ」です。

宮台  日本の教育には、教えられる内容から教え方に至るまで、日本社会のあり方と結びつく形で典型的な欠点があるのです。例えば「国語」は、1952年の文部省仮検定教科書終了までは「言語」と「文学」に分かれていました。「文学」が現在の「国語」。「言語」が今で言うメディア・リテラシーの訓練です。
 具体的には、(理解を超えて)表現の手法を教えるのはもちろん、理解についても、たとえば相手がどんな利害相反問題を抱えるのかを相手の属性から想像させた上で、どのように割り引いて聞かなければいけないかを議論する、といった実践を推奨していたんです。
 ところが、冷戦体制の深刻化を背景としたGHQの方針変更により、「言語」が廃止されて、サンフランシスコ講和条約発効以降の本検定教科書は「文学」アラタメ「国語」だけになりました。「社会的文脈を読み解く力」と「それを踏まえて説得する力」の訓練をやめて、国語を古典的文学の鑑賞科目にしたわけです。
 そこには「正しい読み方」があるという話になって、単なるパターン認識の暗記科目になりました。これならば、ヘタに考えずにパターン認識を鍛えることで、簡単に総合模試で一番がとれます。お分かりのように、オカミにとって統治しやすい人材を養成する方向に、政治的に誘導されたのです。
 むろん暗記は極めて大切です。でもそれは、幾何学の先生が言ったように、余計なことに思考の時間を取られないようにするためです。つまり、暗記でカバーできるところは出来るだけ短時間で暗記して、その先にある本当に重要な思考に時間を使いたいからです。
人の人生を変えられるかどうかが“コンテンツの価値”だと思っているんです。

彼らはそういうときこそ、分かってもらえなくても一生懸命正しいことを言い続けていた。やはりそれが学者の役割なんです。彼らは学問に対して真面目でした。

 しかし日本では、学問を自分の業績を上げるためのゲームのような感じで捉えている学者が多くなってきている。学問で分かったことがどの程度まで正しいのかを十分に確かめて、本当に国民の生活を変えることができるのか—-そこに経済学者は、自分の職業の価値や役割をおかなければいけません。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2180?page=3

浜田宏一イェール大学教授「経済学の現実を無視する菅内閣と日本銀行が国を滅ぼす」  聞き手:高橋洋一 「経済学の泰斗」が憂国の提言 第1回 

私の「進化」は「常識の範囲内の進化」に過ぎなかったんです。進化というのは、大きく自分を否定して、「このままじゃ生きられない」と心底感じて、完全に変わっていくことを指すんですね。

「潰れる恐怖から店をオシャレにしました」 ザ・ダイソー矢野社長の“進化”

http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120402/230473/?P=3

頭のおかしな人には気をつけましょう

利用者が増えるに従って、頭のおかしな人もそれなりに出没するようになって来ています。
頭のおかしな人に関わるとなにかと面倒なことが起こる可能性があるので、注意しましょう。
頭のおかしな人の判定基準

・「みんなの意見」「他の人もそう思ってる」など、自分の意見なのに他人もそう思ってると力説する人
 他人が自分とは違うという事実が受け入れられない人です。自分の意見が通らないとコピペや荒らしなど
 無茶をし始めるので見かけたら放置してください。

・根拠もなく、他人を見下したり、差別したりする人、自分で自分を褒める人
 他人を見下すことで自分を慰めようとする人です。実生活で他人に褒めてもらう機会がないが
 プライドだけは高いとか、匿名の掲示板しか話し相手のいない人です。可哀想なので放置してください。

・自分の感情だけ書く人
「~~がムカツク」とか自分の感情を掲示板に書くことに意味があると思っている人です。
何がどのようにムカツクのか論理的に書いてあれば、他人が読んでも意味のある文章になりますが、
そういった論理的思考の出来ない人です。もうちょっと賢くなるまでは放置してあげてください。
   

2ちゃんねる 書き込む前に読んでね

http://info.2ch.net/before.html

なぜ野尻さんのSFがそう明るくなるのか?それはピアピア動画にかかわるひとたちが徹底的にどうでもいいこと、訳に立たないことに執念をもやすひとたちだからだ。お金を儲ける、情報をうまく処理する、正しい答えをみつける、そういう役に立つことはやがてコンピュータのほうが人間よりも上手くできるようになるにちがいない でも、これらの遠い未来にどれだけ科学が発達していたとしても、役に立たないことを一生懸命にやる世界が残っていればそこには人間の幸せな居場所があるにちがいない。野尻さんはそう信じているように思うのだ。

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51776368.html

[違和感仕事しろ][野生のSF] - 書評 - 南極点のピアピア動画

想像力や「夢見るチカラ」というのは、同時に現実逃避であったり、現実否定に簡単に結びつく。
 じゃあ、これを二つをテーゼとして合体させたら、なかなかいいものになるんじゃないかなと思ったんですね。

『魔法少女まどか☆マギカ』,全話通して見たら気がついた

http://blog.freeex.jp/archives/51311861.html

私は民主主義も信じています。民主主義はアメリカが誇る輸出品です。
何より強い動力となるのは蒸気や電力、原子力などよりも意志である 
byアインシュタイン 

しかし彼のプレゼンは、スカっとします。その理由は、彼自身にあるのではありません。彼の敵、精神科医の香山リカさんのような人たちにあるのです。

いわば橋下劇場というのはプロレスのようなものです。反橋下派が「ヒャーッ!」とか「シャーッ!」とか雄叫びをあげながら、妙に仰々しい技で襲いかかるのを橋下氏に軽くいなされ、自爆して果てながらも、「フハハハハ!今日のところは見逃してやる。だが、第二、第三の反橋下派がお前の前に立ちふさがるだろう!」と捨て台詞をはくのが無性におもしろく、橋下氏のヒーローぶりを際だたせるのです。

だから、彼らが口にする「ハシズム」という現象の本質は、橋下氏のやり方でも、橋下氏を支持する世の中にあるのでもありません。「ハシズム」の本質は、理路整然として明晰なだけの橋下氏に震え上がり、そのくせドヤ顔で駄々をこねるしかできない反橋下軍団の歪みぶり、知的破産ぶりにあるのです。


反橋下派のおかげで橋下氏のキャラが起つ、小池一夫御大のキャラクター新論をそのまま現実世界に当てはめたような事が行われている。 正直楽しい
しかし、骨のある橋下氏への批判も聞きたいものだ
それもまた、楽しいだろうから

出口 もう一つが、やっぱり論理力を広めていくこと,大人から子どもまで、本当の論理力をきちんと身につけることによって、ヒステリックな世論がなくなると思うんです。
佐藤 そう思います。結局、1930年に、もし日本人が本当の論理力を身につけていれば、ああいうことにはならなかったと思います。
出口 僕もそう思います。現在も、右に左にヒステリックに世論もマスコミも全部動いていく、そういう日本の状況を見たときに、「ああ、論理がどんどんなくなって、とんでもない日本になりつつあるな」という思いが、やっぱり僕の中にありましたね。

状況に全面降伏しないで、自分の希望、ここだけは誰にも触らせないぞというものを持っているとしたら、それを手放さなければならないのなら、誰の手にも届かないところに放してしまおうという。そういうことですよ。放した瞬間に、心の交流がちらっとあったかもしれないけれども。それでいい、それだけでいいんです。……きっとまた彼らは警官の仕事に戻るんです。戻れるかどうか知らないけれど(笑)。

――戻る世界は、また「流行の風邪」の世界。

宮崎:
結局、いつもそこから始まるしかない。メチャクチャな時代にも、いいことや、ドキドキすることはちゃんとある。ナウシカの「我々は血を吐きながら、繰り返し繰り返し、その朝を越えて飛ぶ鳥だ」です。

宮台  日本の教育には、教えられる内容から教え方に至るまで、日本社会のあり方と結びつく形で典型的な欠点があるのです。例えば「国語」は、1952年の文部省仮検定教科書終了までは「言語」と「文学」に分かれていました。「文学」が現在の「国語」。「言語」が今で言うメディア・リテラシーの訓練です。
 具体的には、(理解を超えて)表現の手法を教えるのはもちろん、理解についても、たとえば相手がどんな利害相反問題を抱えるのかを相手の属性から想像させた上で、どのように割り引いて聞かなければいけないかを議論する、といった実践を推奨していたんです。
 ところが、冷戦体制の深刻化を背景としたGHQの方針変更により、「言語」が廃止されて、サンフランシスコ講和条約発効以降の本検定教科書は「文学」アラタメ「国語」だけになりました。「社会的文脈を読み解く力」と「それを踏まえて説得する力」の訓練をやめて、国語を古典的文学の鑑賞科目にしたわけです。
 そこには「正しい読み方」があるという話になって、単なるパターン認識の暗記科目になりました。これならば、ヘタに考えずにパターン認識を鍛えることで、簡単に総合模試で一番がとれます。お分かりのように、オカミにとって統治しやすい人材を養成する方向に、政治的に誘導されたのです。
 むろん暗記は極めて大切です。でもそれは、幾何学の先生が言ったように、余計なことに思考の時間を取られないようにするためです。つまり、暗記でカバーできるところは出来るだけ短時間で暗記して、その先にある本当に重要な思考に時間を使いたいからです。
人の人生を変えられるかどうかが“コンテンツの価値”だと思っているんです。

彼らはそういうときこそ、分かってもらえなくても一生懸命正しいことを言い続けていた。やはりそれが学者の役割なんです。彼らは学問に対して真面目でした。

 しかし日本では、学問を自分の業績を上げるためのゲームのような感じで捉えている学者が多くなってきている。学問で分かったことがどの程度まで正しいのかを十分に確かめて、本当に国民の生活を変えることができるのか—-そこに経済学者は、自分の職業の価値や役割をおかなければいけません。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2180?page=3

浜田宏一イェール大学教授「経済学の現実を無視する菅内閣と日本銀行が国を滅ぼす」  聞き手:高橋洋一 「経済学の泰斗」が憂国の提言 第1回 

私の「進化」は「常識の範囲内の進化」に過ぎなかったんです。進化というのは、大きく自分を否定して、「このままじゃ生きられない」と心底感じて、完全に変わっていくことを指すんですね。

「潰れる恐怖から店をオシャレにしました」 ザ・ダイソー矢野社長の“進化”

http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120402/230473/?P=3

頭のおかしな人には気をつけましょう

利用者が増えるに従って、頭のおかしな人もそれなりに出没するようになって来ています。
頭のおかしな人に関わるとなにかと面倒なことが起こる可能性があるので、注意しましょう。
頭のおかしな人の判定基準

・「みんなの意見」「他の人もそう思ってる」など、自分の意見なのに他人もそう思ってると力説する人
 他人が自分とは違うという事実が受け入れられない人です。自分の意見が通らないとコピペや荒らしなど
 無茶をし始めるので見かけたら放置してください。

・根拠もなく、他人を見下したり、差別したりする人、自分で自分を褒める人
 他人を見下すことで自分を慰めようとする人です。実生活で他人に褒めてもらう機会がないが
 プライドだけは高いとか、匿名の掲示板しか話し相手のいない人です。可哀想なので放置してください。

・自分の感情だけ書く人
「~~がムカツク」とか自分の感情を掲示板に書くことに意味があると思っている人です。
何がどのようにムカツクのか論理的に書いてあれば、他人が読んでも意味のある文章になりますが、
そういった論理的思考の出来ない人です。もうちょっと賢くなるまでは放置してあげてください。
   

2ちゃんねる 書き込む前に読んでね

http://info.2ch.net/before.html

なぜ野尻さんのSFがそう明るくなるのか?それはピアピア動画にかかわるひとたちが徹底的にどうでもいいこと、訳に立たないことに執念をもやすひとたちだからだ。お金を儲ける、情報をうまく処理する、正しい答えをみつける、そういう役に立つことはやがてコンピュータのほうが人間よりも上手くできるようになるにちがいない でも、これらの遠い未来にどれだけ科学が発達していたとしても、役に立たないことを一生懸命にやる世界が残っていればそこには人間の幸せな居場所があるにちがいない。野尻さんはそう信じているように思うのだ。

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51776368.html

[違和感仕事しろ][野生のSF] - 書評 - 南極点のピアピア動画

想像力や「夢見るチカラ」というのは、同時に現実逃避であったり、現実否定に簡単に結びつく。
 じゃあ、これを二つをテーゼとして合体させたら、なかなかいいものになるんじゃないかなと思ったんですね。

『魔法少女まどか☆マギカ』,全話通して見たら気がついた

http://blog.freeex.jp/archives/51311861.html

私は民主主義も信じています。民主主義はアメリカが誇る輸出品です。
何より強い動力となるのは蒸気や電力、原子力などよりも意志である 
byアインシュタイン 

しかし彼のプレゼンは、スカっとします。その理由は、彼自身にあるのではありません。彼の敵、精神科医の香山リカさんのような人たちにあるのです。

いわば橋下劇場というのはプロレスのようなものです。反橋下派が「ヒャーッ!」とか「シャーッ!」とか雄叫びをあげながら、妙に仰々しい技で襲いかかるのを橋下氏に軽くいなされ、自爆して果てながらも、「フハハハハ!今日のところは見逃してやる。だが、第二、第三の反橋下派がお前の前に立ちふさがるだろう!」と捨て台詞をはくのが無性におもしろく、橋下氏のヒーローぶりを際だたせるのです。

だから、彼らが口にする「ハシズム」という現象の本質は、橋下氏のやり方でも、橋下氏を支持する世の中にあるのでもありません。「ハシズム」の本質は、理路整然として明晰なだけの橋下氏に震え上がり、そのくせドヤ顔で駄々をこねるしかできない反橋下軍団の歪みぶり、知的破産ぶりにあるのです。


反橋下派のおかげで橋下氏のキャラが起つ、小池一夫御大のキャラクター新論をそのまま現実世界に当てはめたような事が行われている。 正直楽しい
しかし、骨のある橋下氏への批判も聞きたいものだ
それもまた、楽しいだろうから

出口 もう一つが、やっぱり論理力を広めていくこと,大人から子どもまで、本当の論理力をきちんと身につけることによって、ヒステリックな世論がなくなると思うんです。
佐藤 そう思います。結局、1930年に、もし日本人が本当の論理力を身につけていれば、ああいうことにはならなかったと思います。
出口 僕もそう思います。現在も、右に左にヒステリックに世論もマスコミも全部動いていく、そういう日本の状況を見たときに、「ああ、論理がどんどんなくなって、とんでもない日本になりつつあるな」という思いが、やっぱり僕の中にありましたね。
"

状況に全面降伏しないで、自分の希望、ここだけは誰にも触らせないぞというものを持っているとしたら、それを手放さなければならないのなら、誰の手にも届かないところに放してしまおうという。そういうことですよ。放した瞬間に、心の交流がちらっとあったかもしれないけれども。それでいい、それだけでいいんです。……きっとまた彼らは警官の仕事に戻るんです。戻れるかどうか知らないけれど(笑)。

――戻る世界は、また「流行の風邪」の世界。

宮崎:
結局、いつもそこから始まるしかない。メチャクチャな時代にも、いいことや、ドキドキすることはちゃんとある。ナウシカの「我々は血を吐きながら、繰り返し繰り返し、その朝を越えて飛ぶ鳥だ」です。

"
"宮台  日本の教育には、教えられる内容から教え方に至るまで、日本社会のあり方と結びつく形で典型的な欠点があるのです。例えば「国語」は、1952年の文部省仮検定教科書終了までは「言語」と「文学」に分かれていました。「文学」が現在の「国語」。「言語」が今で言うメディア・リテラシーの訓練です。
 具体的には、(理解を超えて)表現の手法を教えるのはもちろん、理解についても、たとえば相手がどんな利害相反問題を抱えるのかを相手の属性から想像させた上で、どのように割り引いて聞かなければいけないかを議論する、といった実践を推奨していたんです。
 ところが、冷戦体制の深刻化を背景としたGHQの方針変更により、「言語」が廃止されて、サンフランシスコ講和条約発効以降の本検定教科書は「文学」アラタメ「国語」だけになりました。「社会的文脈を読み解く力」と「それを踏まえて説得する力」の訓練をやめて、国語を古典的文学の鑑賞科目にしたわけです。
 そこには「正しい読み方」があるという話になって、単なるパターン認識の暗記科目になりました。これならば、ヘタに考えずにパターン認識を鍛えることで、簡単に総合模試で一番がとれます。お分かりのように、オカミにとって統治しやすい人材を養成する方向に、政治的に誘導されたのです。
 むろん暗記は極めて大切です。でもそれは、幾何学の先生が言ったように、余計なことに思考の時間を取られないようにするためです。つまり、暗記でカバーできるところは出来るだけ短時間で暗記して、その先にある本当に重要な思考に時間を使いたいからです。"
"人の人生を変えられるかどうかが“コンテンツの価値”だと思っているんです。"
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彼らはそういうときこそ、分かってもらえなくても一生懸命正しいことを言い続けていた。やはりそれが学者の役割なんです。彼らは学問に対して真面目でした。

 しかし日本では、学問を自分の業績を上げるためのゲームのような感じで捉えている学者が多くなってきている。学問で分かったことがどの程度まで正しいのかを十分に確かめて、本当に国民の生活を変えることができるのか—-そこに経済学者は、自分の職業の価値や役割をおかなければいけません。

"
"私の「進化」は「常識の範囲内の進化」に過ぎなかったんです。進化というのは、大きく自分を否定して、「このままじゃ生きられない」と心底感じて、完全に変わっていくことを指すんですね。"
"

頭のおかしな人には気をつけましょう

利用者が増えるに従って、頭のおかしな人もそれなりに出没するようになって来ています。
頭のおかしな人に関わるとなにかと面倒なことが起こる可能性があるので、注意しましょう。
頭のおかしな人の判定基準

・「みんなの意見」「他の人もそう思ってる」など、自分の意見なのに他人もそう思ってると力説する人
 他人が自分とは違うという事実が受け入れられない人です。自分の意見が通らないとコピペや荒らしなど
 無茶をし始めるので見かけたら放置してください。

・根拠もなく、他人を見下したり、差別したりする人、自分で自分を褒める人
 他人を見下すことで自分を慰めようとする人です。実生活で他人に褒めてもらう機会がないが
 プライドだけは高いとか、匿名の掲示板しか話し相手のいない人です。可哀想なので放置してください。

・自分の感情だけ書く人
「~~がムカツク」とか自分の感情を掲示板に書くことに意味があると思っている人です。
何がどのようにムカツクのか論理的に書いてあれば、他人が読んでも意味のある文章になりますが、
そういった論理的思考の出来ない人です。もうちょっと賢くなるまでは放置してあげてください。
   

"
"なぜ野尻さんのSFがそう明るくなるのか?それはピアピア動画にかかわるひとたちが徹底的にどうでもいいこと、訳に立たないことに執念をもやすひとたちだからだ。お金を儲ける、情報をうまく処理する、正しい答えをみつける、そういう役に立つことはやがてコンピュータのほうが人間よりも上手くできるようになるにちがいない でも、これらの遠い未来にどれだけ科学が発達していたとしても、役に立たないことを一生懸命にやる世界が残っていればそこには人間の幸せな居場所があるにちがいない。野尻さんはそう信じているように思うのだ。"
"想像力や「夢見るチカラ」というのは、同時に現実逃避であったり、現実否定に簡単に結びつく。
 じゃあ、これを二つをテーゼとして合体させたら、なかなかいいものになるんじゃないかなと思ったんですね。"
"私は民主主義も信じています。民主主義はアメリカが誇る輸出品です。"
"何より強い動力となるのは蒸気や電力、原子力などよりも意志である 
byアインシュタイン "
"思想の自由と言いながら、思想を押し付ける人達"
"

しかし彼のプレゼンは、スカっとします。その理由は、彼自身にあるのではありません。彼の敵、精神科医の香山リカさんのような人たちにあるのです。

いわば橋下劇場というのはプロレスのようなものです。反橋下派が「ヒャーッ!」とか「シャーッ!」とか雄叫びをあげながら、妙に仰々しい技で襲いかかるのを橋下氏に軽くいなされ、自爆して果てながらも、「フハハハハ!今日のところは見逃してやる。だが、第二、第三の反橋下派がお前の前に立ちふさがるだろう!」と捨て台詞をはくのが無性におもしろく、橋下氏のヒーローぶりを際だたせるのです。

だから、彼らが口にする「ハシズム」という現象の本質は、橋下氏のやり方でも、橋下氏を支持する世の中にあるのでもありません。「ハシズム」の本質は、理路整然として明晰なだけの橋下氏に震え上がり、そのくせドヤ顔で駄々をこねるしかできない反橋下軍団の歪みぶり、知的破産ぶりにあるのです。


反橋下派のおかげで橋下氏のキャラが起つ、小池一夫御大のキャラクター新論をそのまま現実世界に当てはめたような事が行われている。 正直楽しい
しかし、骨のある橋下氏への批判も聞きたいものだ
それもまた、楽しいだろうから

"
"出口 もう一つが、やっぱり論理力を広めていくこと,大人から子どもまで、本当の論理力をきちんと身につけることによって、ヒステリックな世論がなくなると思うんです。
佐藤 そう思います。結局、1930年に、もし日本人が本当の論理力を身につけていれば、ああいうことにはならなかったと思います。
出口 僕もそう思います。現在も、右に左にヒステリックに世論もマスコミも全部動いていく、そういう日本の状況を見たときに、「ああ、論理がどんどんなくなって、とんでもない日本になりつつあるな」という思いが、やっぱり僕の中にありましたね。"

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きっと こんな所から物語は 生まれる

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